つくるを考えるインタビュー

蘇嶐窯 涌波まどかさんに聞いた「反対同士から新しい中間を生み出す夫婦、青を求め続けて器の向こうに見えた喜び」

蘇嶐窯 涌波まどかさん

蘇嶐窯 涌波まどかさん
Madoka Wakunami
陶芸家

京都・東大路通の五条坂近くにある、蘇嶐窯(そりゅうがま)は夫婦ふたりの窯元。工房兼店舗に入ると正面には整然と並んだ商品たちと、視界の端に轆轤(ろくろ)が2台。制作途中も見ることができるオープンキッチンスタイル。土の塊から気持ちの良いリズムで形ができ上がっていく様を感じながら、商品が選べる贅沢な空間。作業中の手元につい見入ってしまい、いつまでも制作風景をお代わりしたくなる空間で、涌波まどかさんにとっての"つくる"を伺いました。

※内容は取材当時のものです(取材日 2023/09/12)

自分が陶芸をしたいというよりは、両親が好きだった

陶芸をはじめたきっかけを教えてください。

涌波

私は福岡の14代続く民芸の窯元出身で、幼い頃の遊び場は工房でしたし、夫の実家も窯元なのでお互いに陶芸に親しんで育ちました。私は4人姉妹の3女ですが、陶芸が好きで大学では陶芸を専攻しました。家業を手伝う前に一旦遠くに出た方が実家の良さがよりわかるのではないかと思い、福岡を出て京都で2年間陶芸を学ぶことにしました。2年後に福岡に帰るつもりだったのですが、京都の陶芸の学校でご縁があって夫に出会い、ちょうど同じ頃に姉が実家を継ぐことになったので、私はもう出させていただこうと、家を出た感じです。

金子

もともとは家を継ごうと思って、陶芸の道に進まれたのですか。

涌波

自分が家を継いで陶芸をしたいというよりは、両親が好きだったので「一緒に仕事ができたら嬉しいな」「喜んでくれると良いな」という気持ちで陶芸をしていましたね。陶芸の家に生まれたから陶芸家になろうというわけではなく、違う職業を目指そうとしたこともありましたし、学校の教員免許も取ったりしていました。

並んで作業する涌波 蘇嶐さんと涌波 まどかさん、使用している轆轤のスタイルも異なるとのこと

並んで作業する涌波 蘇嶐さんと涌波 まどかさん、使用している轆轤のスタイルも異なるとのこと

蘇嶐窯の魅力を教えてください。

涌波

京都にたくさん窯元さんがある中、夫の茶道具の世界と私の生活雑器の世界は、陶芸のくくりでは端同士にあるといえますが、磁器と陶器の特徴を融合させて物づくりをしているというところでしょうか。夫の青磁と私の実家の飛鉋(とびがんな)を掛け合わせた「青磁飛鉋(せいじとびがんな)」というシリーズは全国でもうちしかやっていないと思うのでそこが魅力といえるかな。

蘇嶐窯「青瓷飛鉋プレート」

蘇嶐窯「青瓷飛鉋プレート」

形をつくる涌波 蘇嶐さん

形をつくる涌波 蘇嶐さん

ゼンマイを加工した工具を当て、削って模様をつける涌波 まどかさん

ゼンマイを加工した工具を当て、
削って模様をつける涌波 まどかさん

それぞれの手法の特徴について教えてください。

涌波

夫は清水焼の4代目涌波蘇嶐として、粘土自体にも顔料を練り込んだものに釉薬をかけることで深い青を表現する「練りこみ青磁」という技法が特徴で、茶道具や床の間に置く一輪挿しや掛け花入れを主につくっています。私の実家は小石原焼をつくっている窯元で、「飛鉋」という古い時計のゼンマイを加工した道具を使って模様をつける技法が特徴的ですね。小石原焼で皆さんが思い浮かべるのは「飛鉋」や、「刷毛目(はけめ)」という幾何学で連続的な模様だと思います。つくってるものは生活雑器で、お茶碗やお湯のみ、お皿などの普段みなさんが食卓で使われるものが中心です。

「飛鉋」の必需品、古い時計のゼンマイを加工した道具(涌波さんのご実家から受け継いだもの)

「飛鉋」の必需品、古い時計のゼンマイを加工した道具
(涌波さんのご実家から受け継いだもの)

一瞬で削り目が現れる

一瞬で削り目が現れる

ライフワークとライスワーク

異なる窯業地の技を融合することになったきっかけは何でしたか。

涌波

夫の作家の仕事をサポートしながら10年くらい過ごし、作家として茶道具メインで食べていくのはなかなか難しいと感じていた頃、息子が「5代目を継ぎたい」といってくれていて、その時に「陶芸だけで食べていくのは厳しいし、何のバイトしようかな」といわれ、すごくショックを受けました。私たちの背中を見て継ぎたいと思ってくれたのに、陶芸1本でいくことは小学生でも厳しいとわかっているんだって。実際その時に私はバイトを掛け持ちしながら、夫を支えるような生活だったので、陶芸だけで食べていける道筋をつくらないとバトンを渡せないと思いました。道筋を模索している時に、周りから「違う産地の2人が一緒に仕事をしているのが珍しい」っていっていただいたんです。そこで自分たちだけの表現できる世界観があるはずと思い、違う産地の技術を融合するブランドを立ち上げるところに行き着いたんです。ライフワークとライスワーク、夫の作家として青を守る活動をよりしやすくする為に、御飯のための仕事として夫婦のブランドを立ち上げました。

金子

息子さんのひと言がきっかけとなってタイミングが重なったんですね。

涌波

背水の陣だったんですけどね。

異なる手法を組み合わせる際に、どのような挑戦がありましたか。

涌波

青磁は茶道具や床の間を飾るという陶芸の世界でも高価なイメージがあるものですが、あえて民芸を掛け合わせた食器をつくることで、より使いやすいものとして青が展開していけるんじゃないかと考えました。実際、最初はどうして良いかわからなくて、青磁という茶道具の世界に民芸の技法を掛け合わせることがタブーなのではないかという恐怖心と、実現できるのだろうかという不安感でのスタートでした。ただ、民芸を掛け合わせる時に茶道具はつくらないでおこうと2人の間で決めました。青磁の磁器と民芸の陶器は土の質も違いますし、素材が変わるとつくり方も変わります。今までつくってきたスタイルを変える難しさもありました。ショップを巡って売り場に置かれている器のマストサイズを探り、その中で私たちの個性を出したり、遊びをつくるというやり方にしないと、使いにくい器ができてしまう。求められているサイズの中で自分たちの個性を出すという方向に変えたのは結構大きかったですね。何度も学びと挑戦、失敗を繰り返しながら「夫と私にしか出せないものが何か」ということを突き詰めて、今の形に落ち着いたのかなと思います。

蘇嶐窯「掛分飛鉋」

蘇嶐窯「掛分飛鉋」

ご夫婦の分業制作はどのようにされていますか。

涌波

もともと焼き物の訓練校の同級生だったので、お互いに轆轤(ろくろ)を回す工程から全てできますが、今は夫が形をつくったものに私が削って装飾するスタイルです。釉薬を掛けるのは私、釉薬の調合や窯を焚くのは夫です。この器の形はどっちが得意というのがあるので得意な方がやり、お互いの苦手を補いながらつくっています。デザイン面に関しては私がお客様や他の方から受けたインスピレーションを夫にプレゼンテーションして、想像できるメリットとデメリットを2人で話し合いながらつくっています。

金子

長年、積み重ねてきたからお互いに理解できる部分もありますか。

涌波

お互いに個性やアイデンティティがある中はじめたので、最初はぶつかることもありました。譲れない部分がお互いにありますが、もうとにかく会話をしてお互いを理解する努力をする。ひたすらしゃべりながら、20年とちょっとを積み重ねていっています。

完成前の状態を見られるのも、工房併設ショップの醍醐味

完成前の状態を見られるのも、工房併設ショップの醍醐味

技法を掛け合わせる新たな挑戦の中で、優先していることはありますか。

涌波

夫が守りたい色があるんです。「雨過天晴(うかてんせい)」という色で、雨が上がった後の晴れた空の色という意味の四字熟語は青磁の青色を表しているといわれています。初代から受け継いでいる青磁の青を夫はずっと追求していて、今は2人でそのゆずれない色を実現させるために進んでいます。窯の焚き方や釉薬の原料の成分が変わったりと条件の違いや本人の好みもあったと思うんですけど、2代目、3代目によって青が若干異なるのですが、夫が近づきたくて目指しているのが初代の色です。

頑張ってやることではなく自分の日常

涌波さんにとってつくるとは何ですか。

涌波

呼吸するのと一緒というか、頑張ってやることではなく自分の日常、当たり前のことみたいな感じかな。つくらないと死んじゃうわけではないですけど、呼吸するみたいに自分の中では当たり前のことだと感じています。

つくることに欠かせないと感じているコトやモノってありますか。

涌波

私たちがつくるものは日常的に使うものなので、手が離れた商品の向こうに人がいることを忘れないようにしようと思っています。自己満足でつくってしまうと「かっこいいだろう」で終わってしまうけど、使う人のことや使用場面を常に想像するようにしたいと思っています。私の実家は毎日の食卓に並ぶ器をつくっていたので、使い心地やどう料理が盛られるかを重要視していました。もしかしたら育った環境が影響しているのかなとは思います。

蘇嶐窯「一輪挿」

蘇嶐窯「一輪挿」

つくる時に大切にしていることは何ですか。

涌波

日々健康のありがたさを感じています。私たちのうち、どちらかが倒れたらできないですから。休み下手で、仕事が進んだ方が気が楽なのでつい仕事をしてしまって、定休日に休めないんです。でもそうすると心が荒んでしまう。なので無理矢理に用事をつくって外に出ます。私は縄文時代が好きなので、山梨や長野に付き合ってもらって1泊するとか。朝からコーヒーを飲みに遠くへ行くとか。出ても疲れるんですけどね。いつも子ども達にちゃんと楽しめたか聞かれます。

金子

外に出ると体は疲れますけど、気持ちは休まりますよね。お子さんもお2人の性格を理解してるんですね。

涌波さんが縄文に目覚めたきっかけ、息子さんのつくった火焔型土器

涌波さんが縄文に目覚めたきっかけ、
息子さんのつくった火焔型土器

店頭に並ぶ、「縄文」シリーズ

店頭に並ぶ、「縄文」シリーズ

つくることを通して新たに発見したことはありますか。

涌波

器の向こうの人の暮らし、人の心や使う環境を想像するようになったことで、今までにない視点で物をつくれるようになりました。工房にもお客様が来てくださって声をダイレクトに聞くことができるので、次につなげられる可能性をたくさんもらえます。つくることで循環できるし、循環できることが良いと思います。

店頭に並ぶ、蘇嶐窯「白磁飛鉋」

店頭に並ぶ、蘇嶐窯「白磁飛鉋」

店頭に並ぶ、蘇嶐窯「練込無釉飛鉋」

店頭に並ぶ、蘇嶐窯「練込無釉飛鉋」

「おはよう」くらい軽く「ごめんね」と「ありがとう」をたくさん

つくることを通して感情面の変化はありますか。

涌波

正味いつも苦しい。生み出すことは難しいし苦しさもありますが、喜びや充実感も数えきれないほどあります。お客様に使ってもらうことで、お客様の生活が豊かになったり喜んでもらったことが、自分達に返ってきますから。夫婦がやっている小さい工房を誰かが見つけてくれて、つくったものが誰かの生活の中に入ってくことが、つくり手冥利に尽きるというか。疲労と喜びと苦しみと、全部です。人生が楽しくなりました。こんな働く?って思うくらい働いて、お互いに褒めたたえ合ってます。

感情の揺れにどのように向き合っていますか。

涌波

結局やるしかないと思います。絶対無理だと思う課題や、お客様からのリクエストにぶつかることもありますが、頼んでくれている気持ちに応えたいのでつらいこともあるけどまずやってみる。やらない方が怖いです。やると1個進むので進む前とはちょっと違う、1歩ずつやるしかないですね。あとはもちろんリフレッシュすることもあります。でも結局あんまり根本の解消にはならないかな。あとはため込まないで2人でとにかく話して共通認識にする。どう思っているか理解し合えるように気を付けています。何に悩んでいるか、ぶち当たっているかを話したからといって解決はしないですが、言葉にすると見えることもやっぱりあると思います。いうと楽にもなるし、ケンカもするけど。

金子

言葉足らずで、揉めたりすることもありますか。

涌波

ありますね。仕事もプライベートも全部一緒なので、もめると仕事に影響します。とにかく仲良く過ごす、穏やかに過ごす方が仕事にも良いので、いっぱいコミュニケーションを取ってより心地よい環境をつくるようにしています。「おはよう」くらい軽く「ごめんね」と「ありがとう」をたくさんいいます。やっぱりそういうのが大事だなと思います。

金子

見習おうと思います。

コミュニケーションを重ねて、心地よい環境づくりを心掛けているとのこと

コミュニケーションを重ねて、心地よい環境づくりを心掛けているとのこと

つくる時に大切にしていることはありますか。

涌波

つくるものが誰かに届くことを念頭に置くのは大前提なんですけど、同じものをつくり続ける中で、短縮路線でゴールにいけるかということを考えながら仕事をするのが私は好きです。1個目よりも2個目、2個目よりも3個目みたいな。なんとなくつくると技術も上がらないし時間もかかるので、より効率よくつくる方法を考えて、はまった時が私はすごく楽しいですね。でもこれは私の意見で、夫は全く違う目線で物をつくっていると思います。でもお互いに、つくったものが誰かに届くということは意識していますね。

金子

技術と時間をより向上させる為にチャレンジしている感じですか。

涌波

同じ作業をする上での楽しみの見つけ方ともいえます。でも今できたことが、次はできないこともあるので、へこんだりもするんですけどね。

器を切り離した後、轆轤に残る薄い土の層が乾くと自然なひび割れとなる

器を切り離した後、轆轤に残る薄い土の層が乾くと
自然なひび割れとなる

轆轤に残る薄い土の層からアクセサリーが生まれる

轆轤に残る薄い土の層からアクセサリーが生まれる

つくることで何を得られますか。

涌波

つくることは自己表現でもあるので、素朴な私たちがつくったものを素敵な人たちが「良いよね」っていってくれると、自分たちが肯定されたようで嬉しくなりますね。「うちらだよ、良いの?」って思います。私たちと交わらないようなお洒落な雑誌、行ったこともない国の人が良いといってくれることが嬉しい。自分の存在価値がそこにあるような嬉しさが得られますね。

涌波さんを取り巻く環境やキャリアについての展望はありますか。

涌波

夫婦でやっているブランドなので、従業員を入れて会社を大きくするイメージが今のところあまり浮かばず、子どもたちによりよい形でバトンをつなぐ目標に向かって、1歩ずつ進んでいます。あとは京都の伝統工芸の異業種の方や、竹や組紐、フランスの造形作家さんなど、コラボレーションを柔軟にやったことで、陶芸だけでは見えなかった世界がより開けて、そこから更につながるものがあります。違う産地の2人の融合という柔軟なところから蘇嶐窯は始まっているので、展開していくことを面白がる力をなくさないようにしたいと思っています。意識しないとつい下を向いてネガティブになってしまうので。

蘇嶐窯 店内

蘇嶐窯 店内

手芸についてどんなイメージを持っておられますか。

涌波

すぐ浮かぶのはお母さんです。私はミシンで給食袋くらいしか縫えない人なので、多分小学校の家庭科のイメージで止まってる感じです。でも手わざって格好良いですよね。手で生み出せる芸術の範疇でいうと、手芸って幅広いですよね。蘇嶐窯でも商品としてアクセサリーをつくっているので、手芸のお店にパーツを買いに行ったりしますが、お店に行くと勉強になりますね。自分で手芸作品をつくっていそうな子たちが、パーツを選んでて楽しそうだなって、いつも見ています。

金子

手芸店で素材を見ているだけでも楽しいですよね。本日はありがとうございました。

かっこいいと思う手芸道具はありますか?

好きな手芸の素材はありますか?

  • 器の蓋に使ったりする身近な存在

つくっている時のお供はなんですか?

  • まどかさんはコーヒー、蘇嶐さんは煙草轆轤から立ち上がるきっかけ。足腰を伸ばすために必要。
涌波 まどかさん

蘇嶐窯 涌波まどか
Madoka Wakunami

伝統的な飛鉋の技法を用いて陶芸作品を作成。夫である涌波 蘇嶐とともに、蘇嶐窯を立ち上げた。朝はたまにウォーキング、洗濯、白湯をのみながらその日にやることを整理して、仕事を始める。

https://soryu-gama.com/ https://www.instagram.com/soryugama/
質問と回答

聞き手:金子
手芸をしない手芸事業部の社員。手芸をやりたいという気持ちだけはある。
つくり手が見えるものや場所が大好き。
手芸をしない手芸事業部の社員。手芸をやりたいという気持ちだけはある。つくり手が見えるものや場所が大好き。