つくるを考えるインタビュー

池内友禅 池内真広さんに聞いた「塗り重ねて出てくる内面、伝統を続けるためのバランスを保ったものづくり」

池内友禅 池内 真広さん

池内友禅 池内 真広さん
Masahiro Ikeuchi
手描き友禅作家

京都・嵐山、親子2代で営む手描き友禅染の工房、池内友禅へ。にぎやかな観光地エリア、駅から歩ける距離でありながら、ゆったりとした時間の流れる地。小さな橋の下には川藻がゆったりと揺れている。橋を渡ると見えてくる青紅葉の生垣と友禅染でつくられた暖簾。暖簾をくぐるとショールーム、ガラス戸の向こうに染めを行う工房がある。様々なオーダー作品を制作しながら、革小物のブランド「SOMEA」を立ち上げた池内真広さんにとってのつくるを伺いました。

※内容は取材当時のものです(取材日 2023/08/10)

あまりに今まで生きてきた延長にないもの

池内さんが友禅の仕事をはじめたきっかけは何ですか。

池内

もともと絵を描くのが好きだったんですが、大学の時に父親が絵を描いたり染めたりしていることを思い出して、家の仕事に関心が出たんです。それまでは家と工房が別だったし、あまりに今まで生きてきた延長にないものだったので、父親がどのようなことをしていたのかあまり知らなかったんです。着物って着る機会も多くないですし、特に友禅の着物は身近ではないので、そんな世界があるんだというのは驚きでしたね。関心を持ってみると、すごく面白くて綺麗な仕事だと思って、やってみようと思いました。

金子

「家の仕事をやりたい」とご両親に伝えられたときはどのような反応をされたんですか?

池内

父は一緒に仕事をするのが嬉しいようでしたが、母は最初は嫌がってました。普通に就職してほしかったみたいで「まさか、ものをつくろうとするとは」みたいな。この仕事で稼ぐことが大変だと知っているので。母もやると決めてからは応援してくれて、家族で一緒にやっていくという形になりました。

金子

一緒に働かれるようになって、お父さまの違う面が見えたりしましたか。

池内

父は芸術家肌というか、普段は少し変わっていますが、ものをつくるとやっぱりすごいです。つくっている時が1番格好良いんじゃないかなと思いますし、身近で見れて良かったと思いますね。

京友禅の着物ができるまでの流れを教えてください。

池内

最初に図案を起こすところから始まります。その図案を生地に写して、糸目糊という糊を絵の輪郭に沿って置いていきます。糸目糊で囲った中を彩色し、次に彩色した部分を糊で伏せて、最後に背景の地色を染めます。背景の地色が染まったら、金彩や刺繍の加工をして、最終的に和裁の職人さんが着物の形に縫製して着物が仕上がります。

模様の輪郭に糊を細く置いて、色が混ざらないようにしてある(池内友禅提供)

模様の輪郭に糊を細く置き、色が混ざらないようにしてある(池内友禅提供)

池内さんから見た京友禅の魅力を教えてください。

池内

綺麗な素材に自分の好きな模様をつくって、自分の好きな色を自分の手で染めていく。そこがすごく楽しいなって思いますし、全国どこにでもあるわけでもなく京都の伝統的な仕事ということも魅力だと思います。

色分けされた刷毛

使う色味によって分けられた刷毛

自分たちの強みが表現できる仕事かどうか

お誂(あつら)えの依頼に対応する際に大切にされていることはありますか。

池内

誂えもフルオーダーとカスタマイズの2種類あります。注文をいただいてからつくることになるので、依頼主とイメージのずれが起こらないよう、事前にしっかり打ち合わせをして、完成後のイメージをできるだけ共有しますね。あとは、依頼主の希望が自分たちのイメージと合致しているかということを意識しています。お誂えだから何でもつくれるという訳ではなく、僕たちにも得意じゃない分野がある。自分たちの強みが表現できる仕事かどうか考えます。例えば、小室哲哉さんとX JAPANのYOSHIKIさんに作曲を頼んだら、できあがる曲のイメージは違うと思うんです。だから最初に依頼してくださる方がどんなものをつくりたいか、自分たちがそれに応えられるのかということには気をつけていますね。最初のイメージがずれていると、途中もずっと合わない、最後だけピタッとイメージが合うということは滅多にないですから。

金子

たしかにずれたままスタートしてしまうと、お互いに不幸ですよね。

池内

最終的に当初の構想と違うことも出てきたりしますが、世界観が一致している人同士だと、細かいことは問題にならないことが多いですね。依頼してくださる方は自分たちの作品を知って依頼いただくことが多いので、完成後のイメージが違うということはあまりないです。

布に色のテストを繰り返す

布に色のテストを繰り返す

今まで関わられた中で、印象に残っている作品はありますか。

池内

大学の卒業式用の着物です。車椅子の女の子に振袖をつくりました。つくる前はご本人も振袖を着たことがないし、卒業式に振袖で出席することは無理だろうと思っていたみたいですが、車輪に袖が巻き込まないように袖を短く工夫して、背中を圧迫しないような形で帯を結びました。卒業式では後ろから介助してもらうのではなく、自分で車輪を回して出席したんです。車椅子でも着物が着られることを喜んでくださって、機会がある度に振袖を着てくれたり、お茶席でも着物を着てくださって、着物を着ることを楽しんでもいただいています。自分にとっても初めて挑戦してつくった着物だったので、とても印象に残っていますね。

金子

着物を着る楽しみにもつながるなんて素敵ですね。どのような柄のご依頼がありますか?

池内

草花が多いですが、父の受けた仕事で「竹富島を帯にしてほしい」と言われて、沖縄の伝統的な建物やシーサーを帯にしたことがありますね。他には着物でタージマハールを柄にしたり、近所に住むお爺さんからのご依頼で、毎日嵐山の散歩をしていて、体が悪くなり散歩に行けなくなったけど、「嵐山の風景を部屋に飾りたい」というご希望で渡月橋と京都嵐山の景色でのれんをつくらせてもらったこともありました。

金子

素敵なお仕事のご依頼が多いですね。

池内

皆さん、ドラマがあって楽しいです。

生地の下には電熱線が置いてある

生地の下には電熱線が置いてある

電熱線で生地を温め、染料を乾かしながら、色を重ねていく

電熱線で生地を温め、染料を乾かしながら、色を重ねていく

今までとは全く違う経験

新たな取り組み、革小物のブランド「SOMEA」を立ち上げる際に困難はありましたか。

池内

ブランドを立ち上げるまで、商品開発をしたことがなかったので、全部が新しいというか。今まで行ったことのない場所に行って、今までに出会ったことのない人たちに出会って、今までとは全く違う経験をさせてもらって、凄く良い経験になっています。友禅の伝統的な技術を全部詰め込んで商品化するのは価格が高くなりすぎるという問題もあり、難しくてできなかったので、最終的には友禅の技術の中から一部を使って商品をつくる方法を採りました。どこまで友禅の技術を使うのかという葛藤がありましたし、今でも1番良い答えなのかどうか分からない。難しいなと思います。

金子

「SOMEA」はなぜ革という素材で取り組もうと思われたのですか。

池内

オリジナルブランドを始めて2年ぐらいは絹地を使って財布をつくっていました。外側が絹で、内側が革の財布でしたが、お客様から「絹の財布は気を遣う」「どう扱っていいのか分からない」というお声が多かったんです。柄をすごく気に入ってもらっても、使ってもらえないのは「表が絹だからかな」と考えていたところに、コロナ禍で革の職人さんが暇になってしまい、「革を染めてみないか」と言われ試してみたのが革を使い出した始まりです。最初は思った色が出せなかったですが、自分の好きな色、表現したい色が出せるように工夫を重ねて、革の染料にも詳しくなりましたね。

SOMEA brume レモン  左より 長財布、フラグメントケース、バイフォールドウォレット

SOMEA brume レモン 左より フラグメントケース、長財布、バイフォールドウォレット

SOMEA 重ね立涌/かさねたてわく シオン  左より 長財布、フラグメントケース、バイフォールドウォレット

SOMEA “重ね立涌/かさねたてわく" シオン 左より フラグメントケース、長財布、バイフォールドウォレット

手描き(アナログ)とPC(デジタル)どちらもつかわれますか。

池内

僕らはアナログで先に描いたものを、デジタルにして、最終的にアナログに出すという順で制作しています。デジタルは色のパターンイメージがつくり易いですし、アナログもデジタルもお互いに良いところがあって、両方の良さをうまく使わせてもらってます。

金子

デジタル上だと、色だけでなく図案の変更も自在に出来そうですね?

池内

それはデジタルというより、アナログでやっているんです。元々ある図案を背の高い方に合わせて柄の位置を高くしたり、柄のサイズを調整したり。線も色も最終的にはアナログになるので、1発勝負にはなりますが、何度も他の布でテストして失敗しないための準備をします。最初の設計と段取りが重要ですね。

池内さんの工房で引き継いでいる柄はありますか。

池内

ありますね。特に、父がつくっているデザインはオリジナルが多いです。古典的な文様は、完成されたデザインが昔から数多くありますが、そのまま使うと面白みがないのでアレンジしたり、今までデザイン化されていなかったものを新しい図案としてつくっています。特にうちのオリジナルの柄でいうと1980年ぐらいにできた新種のつるバラ「ピエール・ド・ロンサール」を図案にした柄がありますが、古典文様にはないですね。オリジナルブランドの方は、最初は着物の柄で財布をつくろうとしたんですが、財布にすると、和になり過ぎて合わなかったので、財布は財布用のデザインに変えていきました。

バラの模様(クレジットは池内さんに要確認)

古典柄にはない、バラの模様

人が喜んでくれて、自分が嬉しかった

池内さんにとってつくるとは何ですか。

池内

幸せな気持ちにしてくれることですね。描いたり表現したことで、人が喜んでくれて、自分が嬉しかった。それでつくるって楽しいなと思ってつくりはじめたので。つくることは、自分を幸せにしてくれると思います。

反物を染める池内さん、着物の反物を染めるときは16mにもなる(池内友禅提供)

反物を染める池内さん、着物の反物は16mにもなる長さのものを染める(池内友禅提供)

つくる時に欠かせない事はありますか。

池内

あんまりイライラしないこと。つくっている時は色んなことを忘れて、使う人のことを考えてつくることですね。良い気持ちでつくることが大事かなと。

金子

イライラしたら線に出ますか?

池内

出ないです。つくりはじめると感情が切り替わるので、イライラしないです。

金子

逆につくることで、気持ちを落ち着かせることもできますか?

池内

あるんじゃないでしょうか。色をつくった時に「濁った色になっている」って思ったときは、「ちょっと疲れているのかな」と気付くことができるので。色は1つのパラメーターで、チェックができますね。「20年前に染めたものだいぶ荒れてるな」とか。ポジティブな人の作品はやっぱりポジティブですし、情熱的な人の作品ってやっぱり情熱的です。表現ってすごくリアルな内面が出てくると思いますね。

1つの皿に1色ずつの染料

1つの皿に1色ずつの染料

色、模様、描画表現によっても筆を使い分ける

色、模様、描画表現によっても筆を使い分ける

つくる時に大切にしていることは何ですか。

池内

感動することですね。自分が感動してないもの、自分が喜べないものは、あまり世の中には出したくないです。まずは自分が感動することだと思いますね。自分で「すごく良いものができた。これを見て、使ってもらって喜んでもらいたい、喜んでもらえるんじゃないかな」と思いながらできたものの方が良いなと思いますね。「あまり良くないな」、「自分たちのつくりたいものと違う」みたいなものは出さないようにしています。

金子

完成時には池内さんの中で、良いということがクリアになった状態でお出しするんですか。

池内

もちろん、分からないものもあります。自分たちはいいと思ってるけど、人に届かないものもやっぱりありますが、少なくとも自分たちとして精一杯、人に喜んでもらえるようなものをつくるということは大切にしています。

自分も捨てたもんじゃないな

つくることを通して理解したことはありますか。

池内

つくったものを見て、自分のことがわかる時がありますね。自分も捨てたもんじゃないなという気持ちになる時は結構あります。会社勤めが向いたタイプではなかったので、「自分ってどうなんだろう?」と思う時もありますが、自分のつくったもので喜んでくれている人も居るし、まぁまぁ自分も捨てたもんじゃないなと。喜んでもらえるものをつくっているのであれば、「自分も割とまともな人間なのかな」と思ったりします。

金子

先程のお話で、お受けしている案件に全部ドラマがあるというお話でしたし、お渡しした時のお客様の反応、喜びからも発見されているということですね。

池内

そうですね、お客様との距離が近くなる分、喜んでいただける部分もよく感じますね。

つくるということを通してどのような感情を抱きますか。

池内

つくること自体は楽しいですが、つくるだけではダメで、納期や制約があったり、生活もしないといけない。つくることそのものとのバランスを取るのが大変だな、しんどいなと思う時もありますけど、つくること自体は基本的にすごく楽しいですね。

金子

感情の変化があると思いますが、どのように向き合っておられますか。

池内

最近だと、あまり取り越し苦労をしない、将来のことを考えすぎないというのは意識していますね。焦りや迷いで不安になってくると、メンタルが良くなくなるので、先のことは先のこと、今やれることを明るく建設的に考えようと意識的にしています。

作業スペースには染料と筆や刷毛が並ぶ

作業スペースには染料と筆や刷毛が並ぶ

池内さんを取り巻く環境やキャリアについての展望はありますか。

池内

手描きの仕事はこれからの時代、継続が難しくなっていく部分が多いし、仕事として続けていくことは今後より大変になると思いますが、それでも新しい取り組みで収益を得られるようにして、日本の伝統的な仕事も一緒に継続できる体制をつくれたらいいなと思っています。「SOMEA」の革小物もだいぶ収益として増えてきているので、最終的には着物で稼げなくても着物の仕事は続けられる状況をつくっていきたいですね。例えば、エルメスは元々、馬具職人さんから始まったブランドだけど、スカーフやバッグをつくったりしながら、今も伝統的な仕事として馬具の製造も続けている。伝統的な仕事と現代の仕事を融合させている姿勢は良いお手本になるし、すごく素敵だなと思っています。

池内さん

何度も色を重ねていき、柄が浮かび上がる(池内友禅提供)

手芸についてどんなイメージを持っていますか?

池内

母がちりめん細工をやっていたり、親戚のおばの手づくりのバッグをプレゼントしてくれたり、すごく身近なものです。人を喜ばせることができる趣味というイメージがあります。最近も、手芸好きの知人がバッグをつくってくれました。以前にもつくっていただいて、すごく気に入ってたので「擦り切れるまで使いました」と言ったら、また新しいバッグをつくってくれました。

金子

つくってもらったけど「趣味が合わなかった」「ちょっと恥ずかしかった」という方もいらっしゃるようなので、つくり手のセンスが良かったのかもしれないですね。

池内

手芸用品店には時々行きますが、楽しいです。完成品前のパーツや材料が販売されているから、見ているだけで結構楽しいですよね。ここからどんなものが生まれるんだろうとか、すごく夢があると思います。

金子

すごくわかります。私は手芸を一切しないのですが、パーツや道具は好きで、特に毛糸が好きで買っちゃいます。やらないんですけど。

池内

手芸屋さんに来ている人たちは、これをつくったら「あの人に喜んでもらえるんじゃないか」って考えながら、商品を見ていると思うので、すごく素敵な空間だと思います。

金子

素敵なご意見嬉しいです。本日はありがとうございました。

かっこいいと思う手芸道具はありますか?

  • ミシンマシーン感がある。ミシンを使っている母が子供心にかっこよく見えた。

好きな手芸の素材はありますか?

  • いろんな色があって面白い

つくっている時のお供はなんですか?

  • 蒟蒻(こんにゃく)ゼリー、クラシック音楽蒟蒻ゼリー(オリヒロ)は年中冷蔵庫に常備。
池内 真広さん

池内友禅 池内 真広
Masahiro Ikeuchi

一般大学から家業の京友禅に。趣味はスポーツ観戦と散歩。

https://www.ikeuchi-yuzen.com/ https://shop.ikeuchi-yuzen.com/ https://www.instagram.com/ikeuchi_yuzen/ https://www.instagram.com/somea_kyoto/
質問と回答

聞き手:金子
手芸をしない手芸事業部の社員。手芸をやりたいという気持ちだけはある。
つくり手が見えるものや場所が大好き。
手芸をしない手芸事業部の社員。手芸をやりたいという気持ちだけはある。つくり手が見えるものや場所が大好き。