つくるを考えるインタビュー

musubi 西窪ゆかりさんに聞いた「どうしても覗いてみたくなる?二足のわらじを履きながら、広がり繋がる縁の育て方」

musubi 西窪ゆかりさん

musubi 西窪ゆかりさん
Yukari Nishikubo
機織り作家・イベント企画

駄菓子やおもちゃの問屋街がある大阪・松屋町(大阪弁でまっちゃまち)のほど近く、レトロなビルの2階にmusubi(むすび)さんのアトリエはある。少し急な階段を上がって扉を開けると、色鮮やかな巻き糸が壁を埋め尽くしており、細い糸、太い糸、フワフワ、キラキラ糸と圧巻の景色。もしここから選んでと言われたら迷いすぎて決められないかもしれないなと思いながら、西窪ゆかりさんにとっての"つくる"を伺いました。

※内容は取材当時のものです(取材日 2023/09/1)

何をすれば良いのか分からず、宙ぶらりん

機織り(はたおり)をはじめたきっかけを教えてください。

musubi

私は法学部を卒業して、司法試験を目指しながらレストランで調理のアルバイトをしていました。私が目指していた時代は司法試験は誰もが受けられたのですが、途中からロースクールを出ないと受けられないシステムに変わってしまったんです。ロースクールまで含めると、当時は医学部を出るくらいのお金が必要と言われてしまい、その頃には調理師免許を取っていたし、飲食の仕事が面白くなっていたのでその流れに乗ろうと。司法試験を目指すことは、スパッと辞めました。その後はレストランと並行してパン屋で修行したり、お菓子屋で働いたりしていましたね。このまま飲食でやっていこうと、自分でお店を開きたくて、この後ろの糸棚(*1)をお店のディスプレイに使おうと用意していたんです。なのに、働きすぎで体を壊しドクターストップがかかってしまい、飲食の仕事ができなくなりました。自分が何をすれば良いのか分からず、宙ぶらりんになってしまったんです。糸棚を見ながら、どうしようと思っていたところに、機織りの体験教室があることを知り、その教室に遊びに行きました。その機織り教室の社長さんからお誘いいただいて機織りの世界に入ったのが始まりです。

金子

なんだか運命的ですね。全く畑が違うところに行く決心をされるとは、順応スキルが高いですね。

musubi

私は過去に色々な経験を積んできたので、もし自分のやっていることに固執してもあまり意味がないと感じたら、すぐ別の畑に行けると思います。

musubiさんにとって機織りの魅力は何ですか。

musubi

機織りの魅力は自分の世界に没入できること。無になれるので、邪念が全てなくなるところです。

musubiさんが機織りを始めるきっかけとなった糸棚

musubiさんが機織りを始めるきっかけとなった糸棚(*1)

リズムよく織機を動かす西窪さん、経糸(たていと)の間に杼(ひ)に巻いた緯糸(よこいと)を滑らせる。

リズムよく織機を動かす西窪さん、経糸(たていと)の間に杼(ひ)に巻いた緯糸(よこいと)を滑らせる。

機織りの作品をどのような発想でつくられていますか。

musubi

機織りを始めた時は、現代的なものと伝統的な着物を融合させて、面白いものをつくろうと試みてました。着物だったら細いシルクの糸などで織ったりしますが、私は身近にある素材、例えば毛糸で織ってみるという発想で、商品をつくっていました。着物や帯を織っていましたが、着物を日常的に着る人が少なすぎて、興味はもってもらえるけど、お金になりにくいんです。その次に、マフラー、ストール、鞄のように手に取りやすいものを、変わった織り方でつくるようにしていました。そうすると、お手入れ方法の問題が出てくるんですよね。お客様自身でお手入れしにくいものは、売れにくい。試行錯誤を繰り返して気付いたことは、機織りが衰退産業になってきていると。着物を織っている会社も少なくなっているし、手織りではなく機械に変わっているところもあります。趣味としても、機織りをする人が減ってきていると私でも感じます。乱暴な言い方になりますが「誰でも簡単にできる」と思って間口を広げないと、衰退していく一方だと思います。今、自分自身の作品に関しては、初めてさんでもできる織り方しかしません。縫うにしても、ミシン初心者さんでもできる縫い方で作品をつくっています。誰でも簡単に真似ができるつくりですが、それはそれで良いと思っていて。私は機織りの先生という立場ですが、技術的な深掘りを目指したい方は、上級者向けの教室をお薦めします。私の立ち位置はあくまで機織りの入り口で、皆さんに機織りを知ってもらうためにやっています。

musubi ショール

musubi ショール

musubi 旅する鞄 totake(ツレテケ)

musubi 旅する鞄 totake(ツレテケ)

繋がりが大きくなっていったら大文字に

イベント企画を始めたきっかけは何ですか。

musubi

イベントには出展する側で、機織りのワークショップをやっている中で、出展者同士でたくさんの作家さん達と繋がりができました。出発点は、自分が面白いと思ったことや人を、広めたいなという感情が生まれて「この作家さん面白いでしょう」ってお店のバイヤーさんと話をしていたら、「ではイベントを企画してみて」と言われたんです。それで初めて企画しました。難しい理由や始まりはなく、周りにいる皆さんが面白い人が多くて、その面白い人たちを紹介したいという簡単なノリでしたね。

金子

musubiさんはお話ししていてとても親しみやすいので、そういう気さくな方が集まって来やすいのかなと思いました。

musubi

musubiという名前は、人と人・モノ・コトを繋ぐっていう意味で「musubi」です。今は小文字ですが、繋がりが大きくなっていったら大文字に変えようと思ってます。

糸の素材感でも布の表情は変わる

糸の素材感でも布の表情は変わる

布の構造を分けて見るとよくわかる経糸と緯糸の組み合わせ

布をよく見ると、縦に走る経糸と横に走る緯糸が組み合わさっているのがわかる

イベント企画を始めたことで、変化したことはありますか。

musubi

その世界だけを見ていると、視野が狭くなると思います。イベント企画を始めてからは、これは何かに使えるんじゃないかという、ヒントをもらえたり。逆も然りですけど。他の分野の作家さんから意見を求められた時に、アイデアを言えるようになったと思います。様々な業界の人に出会えるので、引き出しが増えました。SNSの投稿で興味を持ったら、一度アクションを起こしてみる。アクションを起こしてみないと、どんな反応が返ってくるかはかわからないですから。SNSで繋がって大手のメーカーさんがイベントを受けて下さったこともあります。作家さん同士の繋がりでも縁を繋いでもらっています。面白い人がさらに面白い人を呼んで繋がりが広がる感じです。私はその業界の人間じゃないので、知り合いの知り合いという流れで、紹介してもらってイベントを企画しています。イベント企画をやってみて感じたのは、周りに助けてくれる人が多いということですね。

金子

繋がりがイベントから生まれているんですね。

イベント企画を行う際の工夫はありますか。

musubi

私が企画するイベントは、テーマを決めて作家さんやメーカーさんに声を掛けさせてもらうことが多いのですが、どれだけお客さんが呼べる作家さんでも「合わないかもしれない」と思ったら、一緒に仕事はしないようにしています。売り場での微妙な空気感はお客さんに伝わってしまうので。でも出展者同士が仲が良すぎても駄目なんですよね。身内のノリが伝わるとお客さんが疎外感を感じてしまうので、仲良くするならお客さんも巻き込んで仲良くすることを意識しています。どれだけイベントのコンテンツが良かったとしても、モヤっとした感情を抱かせたくはないし、「楽しかったね」「また来たいね」と思ってほしいです。参加してくれるお客さんは時間とお金の対価を払って来ていただいているので、楽しんで帰ってもらわないといけないと思います。あとは、出展者側の方にはどんなに小さなことでも次に繋がることを1番重視して企画していますね。

金子

おもてなしの基本なのかなと思いました。すごく大事なことで、当たり前かもしれないですけど、忘れていましたね。

musubi

私はネームバリューがあるわけではないので。売上や来場者数など考えないといけないことはたくさんありますが、まずは次に繋げることをしないといけないと思っています。「また来年も来ようね」と思ってもらうように心掛けていますね。

ご飯だって何だって、つくること

musubiさんにとってつくるとは何でしょうか。

musubi

日常。みんなもそうな気がします。ご飯だって何だって、つくることだと思います。みんな何かつくっていると思いますよ。

つくる時に1番大切にしていることはありますか。

musubi

健康。健康じゃないと気持ちも上がらないし、体調はつくっているもの全てに影響してくると思います。気持ちが沈んでいたら、ご飯も適当になるけど、元気だったら食べたいものが湧いてくるし、食べたいから「つくろう!」ってなる。それと一緒で作品も左右されると思います。

金子

体調と気持ちを整えることを大切にされてるんですね。

つくることに対してのリソース配分はどのようにされていますか。

musubi

機織りが忙しい時は耐久レース状態で8時間くらい座りっぱなしです。体には良くないですが、機織りに集中すると、ご飯を食べることが面倒くさくなってしまって。体には悪いですが、甘いジュースを横に置いてカロリーを取っておこうぐらいのスタンスです。機織りの制作に追い込まれて、集中すると日常生活のつくるリソースはなくなりますが、普段は全部均等につくることを楽しんでいます。機織りしておいしいご飯を食べよう、合間にこのおやつ食べようって、気分転換をしながら楽しくやっています。

金子

やるべきことと、集中度合いに合わせて調整できるタイプなんですね。

musubi 巾着

musubi 巾着

musubi 巾着

musubi 巾着

musubi ショール

musubi ショール

自分の中にものづくりの温度がある

つくることを通して、新たに理解したことはありますか。

musubi

温度差があるということです。例えば、商品がないから急いで15分で量産したものを商品として並べた時に、自分の中では全力でつくっていないから、後ろめたい気持ちでその商品を並べている。でも15分でつくった商品を良いと言ってくださるお客さんもいます。どれも一生懸命生み出したものだけれど、自分の中にものづくりの温度があって、その温度差ができてしまうことに少し心が痛みます。自分では気持ちを込めてすごく良いものをつくったと思っても、お客さんには見向きもされないということもある。商品への気持ちの温度差、作家さん同士のつくることに対しての温度差、お客さんとの温度差。熱量の伝わり方が違うということが分かりました。それを上手くは言い表せないけど温度差があると思います。

金子

人生を賭けてものをつくっている人が居たとして、その一方で本業ではない人の方がすごく売れるということもあったりするかもしれませんよね。いまは様々な販売や発表の仕方があるので、一概には言えませんが。

musubi

本業でものをつくっている人の横で、本業ではない人の商品が飛ぶように売れると、自分が軽んじられてしまったような気持ちになる人もいると思います。「自分は何をやっているんだろう」と悩んだ時期もありましたが、どこかで開き直りました。つくりはじめた頃って、自分や商品に対しても自信がない。でもたくさんの作家さんを見て、話して、経験を積んでいくと知らない間に自信がつくんですよね。たくさん売れたりしたわけでなくても、長く続けられているということは、何かしらを認めてもらえているからお仕事がいただけているのかなと。

つくることで感情の変化はありますか。

musubi

時間がかかっていることをわかってもらえないと苦しいですね。ワークショップで機織り体験をしてもらう時は、経糸は準備した状態で始めてもらい、お客さんには緯糸だけを織っていただきます。そうすると3時間で180cmのしっかりした冬用マフラーが織りあがります。でも3時間で織れるのは経糸を準備しているからで、多くの段階を経た完成まで最後の3時間なんです。作業工程の全貌を皆さんは知らないので「マフラーはすぐ織れる」と思われることがあるんです。機織りのいちからの作業工程を見せてと言われたら、「すみませんが、1日ここに居て下さい」となりますから。1つのものがつくり上がるまでには、目に見えていない部分がたくさんあることを理解してもらえない時は苦しいです。

金子

私は細かいことが苦手なので、用意をされているのを見て、絡まってしまってイライラしそうだなと思いました。経糸も数えながら用意しないといけないですよね、何本かって。私は雑念が入って何本目かわからなくなりそうです。

musubi

慣れれば大丈夫ですよ。他の感情はさておき、織り上がって耐久レースが終わった時は達成感で喜んでいます。あとはお客さんが商品を買ってくれた時はとても嬉しいですよね。

つくる時の感情で大切にしていることはありますか。

musubi

しんどい時はやらないです。嫌なことがあるとやっぱり作品に出るんですよね。なので、作品に出ないことをします。例えば経糸を通したり、織る前の作業をしたり、友達の作家さんのお手伝いや刺繍をするとか。織るということはしないです。

整経台をつかって、必要な経糸の本数と長さを用意する

整経台をつかって、必要な経糸の本数と長さを用意する

綾を取る(経糸を交差するようにならべ、糸の順番がわかるようにする作業)

綾を取る(経糸を交差するようにならべ、糸の順番がわかるようにする作業)

経糸が張ってある織り機

経糸が張ってある織り機

musubiさんの今後の展望は何でしょうか。

musubi

危ないのは自分が機織りの業界にいるから、機織りって有名なんだって錯覚してしまうこと。機織り業界の外に出たら、機織りを知らない人もいる。機織りを知らない人の方が増えてしまったら、いずれ機織りのない世界になってしまう。やっぱり業界の外にも目を向けて、広めていかないといけないと思います。ただ、広め方にも賛否両論あって、私は伝統から生まれた現代的な手織りをしていますが、伝統に重きを置いている人にとっては、現代的なものは重要ではないこともあります。私は現代的な織り方をしているけれど伝統を軽んじているわけではなく、伝統的な機織りは高度で大切な技術で、私にはできないと思ってます。でも技術の差はあれど機織り自体は難しいものではなくて、慣れれば誰でもできるんです。慣れるところまでに持っていくには、皆さんに興味を持ってもらったり、知る場所が必要だと思います。古き良きものが失われつつある現代で、どうやって残していけるかを考えて、私は機織りを知るきっかけの接点になってほしいと思って現代の暮らしに向けた機織りをしています。機織りに関わらず手芸自体が衰退していっていると思うので、伝統や趣味として興味を持ってもらうことから始めないといけないなと思っています。

金子

生活の中の片手間として「お米炊く前に浸水しておこう」ぐらいの気持ちで、気軽に織れる日が来たら良いのにと思いました。

musubi

今、悲しいのは「鶴の恩返し」を知らない小さな子たちが多いことです。2020年頃までは「機織りって何?」って聞かれたら、「鶴の恩返しと一緒だよ」で通じたのですが、最近は通じないんです。小さい子との共通言語が無くなって、説明ができなくて困っています。

金子

機織りをする新たなスターが生まれてほしいですね。

musubi

TikTok辺りでね。本当に機織り業界が広まってほしいです。

「ここに通して」とmusubiさんより機織り指南を受ける金子

「ここに通して」とmusubiさんより機織り指南を受ける金子

手芸についてどのようなイメージを持っていますか。

musubi

年齢問わず楽しめるものというイメージです。

金子

年齢問わず楽しめると思わせるにはどんな仕掛けが必要だと思いますか?

musubi

簡単にできるキットも数多く売られていますが、そのキットを楽しめる人を観察してみると、かじったことがある人だけな気がします。だから手芸を経験したことのない人を引き込めるくらいのキットもつくってほしいです。二の足を踏んでいる人も居るはずなので。やったことのない人も引き込めるとすごいことになるんだろうなと思います。

金子

ジャムみたいに瓶から出して塗るだけ、みたいな簡単さだったらかなり気軽かもしれないです。

musubi

でも、簡単だったら良いかというとそうではなくて、学校の図工や家庭科の教材キットは、ほとんどが組み立て済みで、最後に少し手を加えるだけで完成するものが多いようです。難しいところは組み上がっていて、最後のトントンで完成。のこぎりや金槌を使ったことがなかったら、正しく使わなければ危ない道具に成りうるということを知らない人もいる。キットを簡略化し過ぎてしまうと、針で手を刺すこともなく、針やミシンが危ないということを知らずに使う日が来るかもしれない。道具の正しい使い方がある程度学べて、満足感を得られるキットは必要だと思います。小さい子は無理だと思いますが、教えないといけない年齢もあると思います。だからそういう抜けた工程を補えるようなキットもつくってほしいなと思ったりしますね。

金子

小学校の時に授業でキリを使ったのですが、同級生が遊んでいたらキリで手のひらを刺してしまって、怖い道具なんだと学びました。

musubi

勉強になりますよね。そういうことです。

金子

難しいところですよね。どちらに振るべきか。本日は貴重なお話、ありがとうございました。

工房の片隅の猫コーナー

工房の片隅の猫コーナー

かっこいいと思う手芸道具はありますかナカヨ

  • 足踏みミシン、編み機

好きな手芸の素材はありますか?

  • 糸しか考えつかなかない

つくっている時のお供はなんですか?

  • お茶と甘いもの
musubi 西窪ゆかりさん

西窪ゆかり
Yukari Nishikubo

人と人・モノ・コトを繋ぐ機織りとイベント企画を行う作家。機織り作家として活動しながら、年に数回イベント企画を行う。工房では機織りワークショップも受け付けている。

https://www.instagram.com/musubi_tunagaru/ https://www.instagram.com/hataorimusubi/
質問と回答

聞き手:金子
手芸をしない手芸事業部の社員。手芸をやりたいという気持ちだけはある。
つくり手が見えるものや場所が大好き。
手芸をしない手芸事業部の社員。手芸をやりたいという気持ちだけはある。つくり手が見えるものや場所が大好き。