つくるを考えるインタビュー

ヒツジフエルト縮絨室 ヒロタリョウコさんに聞いた「ふわふわな羊毛が立体作品になるまでと手仕事の紡ぎ方」

ヒツジフエルト縮絨室 ヒロタリョウコさん

ヒツジフエルト縮絨室
ヒロタリョウコさん
Ryoko Hirota
フェルト作家

フェルトと聞くと、どんなイメージが浮かびますか?手芸店で見かける柔らかな羊毛フェルトや、ハンドメイドのふわふわしたフェルト手芸小物を思い浮かべる方が多いかもしれません。ヒロタリョウコさんが手がけるのは、羊毛の繊維の集合体というイメージを超え、生き生きとした気配を感じる立体フェルト作品。富山県を拠点に作品展示やワークショップを通じてフェルトアートの可能性を探求する、ヒツジフエルト縮絨室のヒロタリョウコさんに"つくる"について伺いました。

※内容は取材当時のものです(取材日 2024/05/29)

紀元前にまでさかのぼる、古くからある手法

ヒロタさんの考えるフェルトの魅力とは。

ヒロタ

個人的には、羊毛の繊維素材を生地や立体としてのフェルト作品につくり上げられるところが魅力的だなと感じています。
私はテキスタイルからものづくりに入ったので繊維を「編む」「織る」で、加工してどうやって「もの」に仕上げるかを考えていました。
編む織る以外の手法で繊維同士を絡ませて縮ませて、立体や生地にする「フェルト」はとても面白いと思いましたし、歴史を紐解けば、それこそ紀元前にまでさかのぼる、古くからある手法ということを知って、より面白いなって感じました。

羊毛の繊維の層を少しずつ重ねる

羊毛の繊維の層を少しずつ重ねる

石鹸水をかけて全体を湿らせる

石鹸水をかけて全体を湿らせる

フェルトに出会うきっかけはなんでしたか。

ヒロタ

大学でテキスタイルデザインを専攻して、基本的なろうけつ染めや型染め、機織り機を使っての織物つづれ織り、あとはシルクスクリーン。それらの技法をつかって作品として表現するということを幅広く学びました。
さらに専門的に学ぶ時に、私は織物つづれ織りを専攻したんです。繊維そのものを使って自由に表現するっていう、ファイバーアートという分野でフェルトに出会いました。学校の先輩がやっていて「これなんですか?」って聞いて、「繊維を絡ませたらフェルトになるんだよ」って教えてもらったのがきっかけでした。大学の制作で3年生から取り組み始めたって感じです。

どのような工程で作品をつくられていますか。

ヒロタ

つくる前にラフスケッチ「こんな感じのフォルムをつくろうかな?」を決めて取りかかるんですけど、スケッチ通りにならないことがほぼほぼで。
作業を進めていくうちに「こっちの方が面白い?」とか、過程の中でアイデアが出てくることがほとんどです。つくる過程で変化していくことが面白いなとは思います。
粘土遊びみたいな感覚だと思うんです。子どもの頃に粘土をこねこねして、人の形と動物をつくっていく時に、粘土をちぎって足して、彫ってっていう風に。あの感覚でつくっているような気がしてますね。

転がしたりこすってフェルト化する

転がしたりこすってフェルト化する

作品づくりの発端について教えてください。

ヒロタ

子どもの頃からの思い出が土台にあると思います。あとは「こんなものがこの世の中にあれば面白いな、形にしてみたい」っていう衝動でしょうか。
私はずっと猫を飼っていたので、猫の作品も多いです。猫の「こんな表情が面白かった、可愛かった」という記憶が掘り起こされたり。理科の授業で「観察してきれいだった」鉱石や、「水耕栽培の根っこと緑の芽が可愛かった」球根などの身近な記憶がモチーフになることもあります。
目に映ったビジュアルに「素敵だな」という感情が生まれると、「フエルトで形にしたらどう表現できるだろう」という感覚が生まれ、「やってみたい」という衝動に繋がるんじゃないかなと。言葉にするとそんな感じかもしれないです。

形を整える

形を整える

この世界は楽しい、美しい

ヒロタさんの作品に込められているものについて教えてください。

ヒロタ

「この世界は楽しい、美しい」ということだと思います。もちろん突き詰めると生きるって楽しいことばかりではないし、美しい世界なだけではない。それでも、やっぱり世界は楽しく、美しいものや面白いものがいっぱいある。その喜びを込めています。
あとはなるべく「誠実に、正直に」な気持ち。自分に対しても、お客さまに対しても。手に取った瞬間に喜んでもらえるよう、表現したいことをひとつひとつ丁寧に形にしています。そして、自己完結ではなく、お客さまのもとへ届けることを大切にしています。

クオリティと長く楽しんでもらうための品質は、お客さまの方をしっかり向くように意識していますね。一方で、ポジティブな意味でお客さまに投げっぱなしの余白を残しています。 たとえば、猫のブローチはサイズが大きめで、胸元に付けるには勇気がいる人もいるかもしれません。でも「バックに付けたよ」や、「おうちで飾っています」など、お客さまが自由に楽しんでくださるのが嬉しいし、楽しむための自由度は残したいと思っています。

言葉にすることはないですが、作品を通してコミュニケーションを図っているような感覚でお届けしているので、お客さまはきっと無意識に作品に込められたものを感じ取っていると信じています。

ハンドカーダー:羊毛を梳きほぐし、色を混ぜる道具。色の深みを出すために大切な道具

ハンドカーダー:羊毛を梳きほぐし、色を混ぜる道具。色の深みを出すために大切な道具

目と耳でつくるを考える

生きること、生きているっていうこと、その実感

ヒロタさんにとって「つくる」とは何ですか。

ヒロタ

本当シンプルになっちゃうんですけど、生きること、生きているっていうこと、その実感ですかね。それはもう精神的にも、実利的にも両方ですね。
プロアマ関係なく何か手を動かすことって楽しいことだと思います。私がいうのもおこがましいけど、色んな人にもっと手を動かしてもらえたら嬉しいなと思います。料理や、細々と手を動かす楽しさっていうのがずっと続けば嬉しいなって。

ニードル針で刺し、羊毛をフェルトのかたまりにする

ニードル針で刺し、羊毛をフェルトのかたまりにする

フェルティングニードル:フェルト化させる専用の針

フェルティングニードル:フェルト化させる専用の針

「つくる」時に欠かせないものは何ですか。

ヒロタ

「心身が健やかかどうか」これに尽きると思います。
20代の頃は「自分の内面や感受性が作品づくりに繋がる」と考えていて、驚きや嬉しさ、悲しみなどの感情の波の大きさに振り回されていました。でも同時に「大きな感受性を失うと、自分はものをつくれなくなるんじゃないか」という怖さもあって、「今後、どうものづくりを続けていったらいいのかな」と不安を感じていました。
それが、年齢を重ねるうちに「フラット状態がいいんだ」と思えるようになりましたね。根っこの性格が変わったわけではなく、感情や感じるものの扱い方を自分なりにあれこれ工夫していった感じですね。
具体的には、日々のルーティーンを整え、ご飯をしっかり食べるというような、細かなことの積み重ねを行った結果、ある程度穏やかに過ごせ、安心してものづくりに向き合えるようになりました。

ヒツジフエルト縮絨室「ねこキーケース」

ヒツジフエルト縮絨室「ねこキーケース」

ヒツジフエルト縮絨室「ねこキーケース」

ヒツジフエルト縮絨室「ねこキーケース」

ヒロタ

常にひとりでものづくりに向き合う生活で、どうしても自分の内面に考えが行きがちです。内面の変化は命題のようにも感じています。
意識しているのは「ちゃんと感じる」ということですね。感情の波が押し寄せた時に、その感情をどうにか対処しようとするから問題が起こる。
例えば近い人に当たったり、やけ食いしたり、気持ちを外に出力するからおかしなことになるんじゃないかなと思っています。感情をただ受け止め「私、今嫌な気持ちになっている」ということを感じるだけが、良いのではないかと思って実践しています。

「つくる」時に大切にしていることは何ですか。

ヒロタ

きちんと寝ることです。お恥ずかしい話、若い頃って「忙しくて寝ていない方がかっこいい」とか、「夜遅くまで制作している方がかっこいい」って、思っていたんです。
今はしっかり寝るのが一番だなと思っています。年齢を重ねたときに無理がきかなくなってくるので。でも無理がきかないのも良いのかもしれませんね、無理ができないなら寝ようってなるから。

ヒツジフエルト縮絨室「ねこスマートフォンケース」

ヒツジフエルト縮絨室「ねこスマートフォンケース」

そういう自分を知れたからこそ、根気強くやろう

「つくる」を通して新たに理解したことはありますか。

ヒロタ

私は昔からのんびりしているし、話す速度も速い方でもないですが、結構せっかちな性格なんですね。
染めや織りを学んでいた時も、私からすると染めや織りは凄まじい工程を踏まなければならなくて、学生時代はもどかしさを感じていました。完成までの時間は染めや織りより、フェルトの方が速いです。
フェルトに出会ってからは、フェルトをずっとつくっています。つくり続けていたからこそ、私ってせっかちな性格だったんだなって発見しましたし、そんな自分を知れたからこそ根気強くやろうと思いますね。

ヒツジフエルト縮絨室「フリンジ猫のスマートフォンポシェット」

ヒツジフエルト縮絨室
「フリンジ猫のスマートフォンポシェット」

ヒツジフエルト縮絨室「フリンジ猫のスマートフォンポシェット」着用イメージ

ヒツジフエルト縮絨室
「フリンジ猫のスマートフォンポシェット」着用イメージ

「つくる」を通して感情の変化はありますか。

ヒロタ

シンプルに上手につくれたと思えば嬉しいし、うまくいかない時は自分にイライラすることはあります。なのでなるべく客観視したいですね。
私はせっかちで、すごく負けず嫌いなところがあって、うまくいかないのが悔しいんです。だからできなかったイライラを乗り越えて、良いものをつくろうという感情でつくっています。感情から意識を切り替えて、自分に負けないように改善案を考えているんでしょうね。

ヒツジフエルト縮絨室 鉱物や心臓、肺をモチーフにした作品

ヒツジフエルト縮絨室 鉱物や心臓、肺をモチーフにした作品

ヒロタさんの今後の展望を教えてください。

ヒロタ

ヒロタ つくり続けられる環境があることに感謝しかないなと思っていますね。
とにかく続けられることが展望で、つくることでご飯を食べて、光熱費を払って生きていけるように努めていくことが大事だなと思っています。
好きなものをたまに買って、普通の暮らしをしながら生きることが今後の展望かなと思います。

ヒツジフエルト縮絨室作品集「FELT FULLING LAB」

ヒツジフエルト縮絨室作品集「FELT FULLING LAB」

ヒツジフエルト縮絨室「眠りのための羊」シリーズ

ヒツジフエルト縮絨室「眠りのための羊」シリーズ

手芸についてどのようなイメージをお持ちですか?

ヒロタ

まず、この質問で私の祖母を思い出しました。昔の人は本当に何でも針仕事。祖母は若い頃から自分で着物を縫っていて、歳を重ねてからも端切れで細かいパッチワーク作品をつくっていました。つくり続けてきた祖母の作品はやはり素晴らしくて、私の中では「尊敬」というイメージがありますね。
祖母は手を動かしながら99歳まで生きました。手仕事が、健康寿命にも繋がったんじゃないかと感じています。
そして友人や先輩の方々が編みものや縫い物をしているのを見ると、もはや使い手の域で手元を見ていないんです。手を動かし続けるほど速く、感覚を身につけるほど正確になり、手元を見なくとも作品をあっという間に仕上げてしまう。まさに「継続は力なり」ですよね。
正直私は器用な方ではなかったので、こうして手を使ってつくっていることが不思議でもあります。でも、つくることは昔から好きだった気がしますね。

※ 本記事で使用している画像はすべて、ヒツジフエルト縮絨室様に提供いただきました。

※ 本インタビューはオンライン会議システムを用いたリモート取材にて実施しました。

かっこいいと思う手芸道具はありますか?

  • 京都菊一文字の裁ちばさみ刀剣をつくっていた工房のハサミを使えるって嬉しい

好きな手芸の素材はありますか?

  • パーツ類(アクセサリー、バッグなどの金具) 探して歩くのが楽しい

つくっている時のお供はなんですか?

  • ラジオとお茶とコーヒーオードリーのオールナイトニッポンが好き
ヒロタリョウコさん

ヒロタリョウコ
Ryoko Hirota

学生時代にフェルトに魅せられ、フェルト作家の道へ。関西で20年を過ごし、現在は富山を拠点に、個展やグループ展への出展、書籍出版、ワークショップの運営も。フェルトの温もりを通じて、ものづくりの楽しさを広く伝えている。

https://hitsuji-felt.com/ https://www.instagram.com/hitsuji_felt/ http://x.com/ryoko_hirota
質問と回答

聞き手:金子
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)
手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。
手芸をやりたいという気持ちは強く、材料は集めるものの・・・(お察しください)手仕事をほどこしたプロダクトや作品、場所が大好き。

編 集:渡辺
手芸初心者。
あらゆる手芸を少しずつかじって楽しんでいる。